ログイン入学式は知っていたとおり、ルリアンが新入生代表として挨拶をしていた。
王子だからと俺にならなくてよかった。首席でもないのに、あんな注目を浴びたくない。俺の名前は学園長がチラッと軽く触れただけだ。入学されましたと紹介されたので、その場でやぁやぁと手を上げて笑顔を振りまいておいた。
そのあたりもゲーム通りだ。
たとえ注目を浴びていても、ゲームのストーリー通りなら多少は安心できる。知っていることをなぞるだけなら簡単だ。
今は、俺一人で食堂へ向かっているところだ。リュークは学園を散策して、混雑していない時間を狙って行くと話していた。今頃、他のヒロインたちとの出会いイベントが発生しているのだろう。俺に彼女たちが紹介されるのは、そのあとだ。
今後のイベントを目の前で見るためにも、邪魔をしてはいけない。
「ちょっと、あなた!」
「うわぁ!」
ラビッツにいきなり話しかけられた。
こんなシーンあったかなと思い出そうとするも、よく考えるとゲームは主人公視点だ。主人公がウロウロしている間、俺がどこで何をしているかなんて、知ったこっちゃない。そうか……こうやって、ラビッツと会話をしていたのかもしれないな。
「どうした、俺の婚約者のラビッツ!」
親指を立てて明るく応える。
内心はこれでいいのかとヒヤヒヤだ。陽キャってこんな感じだよな? ニコラってこういうキャラだったよな?
「……ねぇ、あなた転生者でしょ」
「え」
笑顔のまま、固まってしまう。
えっと……俺の前世とは違う冴え渡った王子仕様の頭で考えよう。転生者だろうと指摘されたということは、ラビッツも転生者だということだ。
え、マジで。
つまり俺は……このまま俺様キャラのおバカ王子を演じると「頑張って演じてるんだー、痛い痛い」と思われるし、前世の素を出せば「陰キャ乙」と思われるわけで……え、詰んでね?
「な、なんでそう思うんだよ」
「ゲームよりあなた、痛いし」
心折れたよ!?
バキバキだよ!?
よく考えると、ゲームのニコラはあんな告白はしていなかった。さっきの一瞬のやり取りでバレたんだろう。
よし、反撃だ。
「お前こそ、さっきはゲームの台詞をわざわざ持ってくるなんてご苦労なことだな。ツンデレまで演じて、痛々しいにもほどがあるね」
「う……っく」
俺はその台詞にノックアウトされたんだけどな。あれは神がかっていた。まさにラビたんだ。
「し、しょうがないじゃない! あそこは、あの台詞しかないでしょう!」
おお、同志よ!
女の子でギャルゲーやってるなんて珍しいな。まぁ、ただのギャルゲーじゃなくて、感動して泣けるのが特徴の泣きゲーだからな。
仲間意識が湧いてきたぞ。
「それに……あ、あんただっておバカキャラやってるじゃない! 実際おバカのようだけど!」
「うるさいな。お前も実際ツンデレだろ! 前世でもツンツンして周りに引かれてたんじゃないのか」
「……!」
あ、ヤバイ。泣きそうにさせてしまった。ラビッツの心を俺に振り向かせなければと思っていたのに、煽りに乗ってしまった。間違いなく親密度は下降している。なんてことだ。せっかく仲間意識が芽生えたのに!
フォローだ!
どうにかフォローしないと!
「で、でも俺はツンデレ大好きだぜ! 大丈夫だ、安心しろ。俺は前世では陰キャだったんだ。前世のことはお互い気にしないことにしよう!」
あ、思いっきり陰キャだとバラしちゃったぞ。どうなんだ、これは悪手なのか!?
「はぁ……もういいわ。とりあえず転生者なのね」
呆れられてしまった。お調子者な俺様キャラはもうやりにくいな。
「はい……」
「ちょ、なんでいきなりテンション下がってるのよ」
「どうせ陰キャなんで。調子にのってすみませんでした……。コミュニケーション能力が低いんです、本当にすみません。反省してます」
「はぁ!? 私が王子をいじめてる婚約者に見られるじゃない。チャキチャキ演じなさいよ、おバカ王子でしょ」
「……めちゃくちゃだな」
どんな自分でいればいいのかも、分からなくなってきた。
「とりあえず、ご飯でも食べましょう。あなたの分も買ってきてあげたわ」
サンドイッチの入った紙袋を突きつけられる。やさしいな。
「天使か。ありがとう……」
「本当に調子狂うわね」
実は、完全におバカ王子を演じているわけでもない。素でも多少はおバカなところ――不用意な一言が多いお調子者になる。今までニコラとして生きてきた記憶やこの脳の思考の癖……それなりの影響は受けている。前世ほどネガティブにならないのは、別の身体だからだろう。
病みやすいタイプと病みにくいタイプには、脳の構造上の違いも影響しているのかもしれない。ニコラ自身の感情を伴った記憶も、ただ情報をインプットするだけのゲームや漫画より強く、今の俺を形成している。
……ラビッツもそうなのかもしれない。何かが彼女をツンデレにさせているのか。
王立の学園だけあって敷地が広い。
寮もあるし庭園も王宮を彷彿とさせる。だからこそ学費もすこぶる高く、門戸は開かれているものの、王族や貴族と富裕層ばかりだ。
人気のない場所まで歩くと、ラビッツが「この辺りにしましょうか」と言うので、隣に腰を下ろした。
ん? もしかして俺、女の子と二人きりでベンチに座ってランチを食べるの図になってるんじゃねーか?
うぉっふ、緊張する!
ドキドキしてきたぞ。
落ち着こう、俺。こいつは昔から知っているラビッツだ。そう、一緒にたくさん遊んだ。俺が前世を思い出す前の話だが、幼児期なんて水遊びのあとにラビッツが自然に濡れた服を脱いでいたこともある。
おおお!
突然脳裏に、ゲームにはなかった過去の刺激的な思い出が!
「そうか、俺はラビッツの裸を見たことが――、」
「死ね」
「ぐぁ!」
手刀が顔にめりこんだ!
「いてぇよ!」
「あんた、やっぱりバカなのね」
「いや、思い出してみろよ。四歳くらいにさ――、」
「黙れ」
「ぐぁ!」
いてぇ!
「いきなりそんな話を持ち出すなんて変態でしょ。あんた前世で変態だったわけ? 一応私、ここでは令嬢なのよ。酷い失言をさせないでちょうだい」
確かに、今のは前世のノリなんだろうな。
「いやいや、健全な男子高校生だ。おかしい……この体、不用意な言葉がスルスルと口から出る。さすがの俺もさっきのはおかしいと思ったぞ」
ラビッツが転生者だと知って、変に動揺しているのかもしれない。あの神ゲーの中にいるという意識が、俺をおかしくさせている気もする。いや、同志を見つけた嬉しさからか?
落ち着かなくては。
刺激的な幼い頃の思い出は、夜まで封印しておこう。素晴らしい記憶力の持ち主になれたのには、ありがたみを感じる。
深呼吸で冷静になろう。
スーハースーハー。
「はぁ……それで王子が務まるの?」
「大丈夫だ。王子様モードを発動すればイケる」
ゲームでも、たまにニコラがモードを切り替えるシーンがあった。今までもそれで王宮では乗り切っていた。
「ちょっとやってみなさいよ」
「えー。疲れるんだよなー、あれ」
「早く」
「はぁ……分かったよ」
王子……王子……俺は王子。
次期国王陛下だ。
「ラビッツ……入学早々、迷惑をかけてすまない。君と会えて少し浮かれていた。頭を冷やすとするよ。サンドイッチ、ありがとう。この埋め合わせは、いずれ必ず。では、また」
爽やかにキラリと笑って立ち上がったところで、腕をガシッと掴まれた。
「なんで立ち去ろうとするのよ!」
「疲れるんだよ!」
「もういいわよ。普段のあんたに戻りなさいよ」
「わ、分かった……じゃ、サンドイッチをいただくな」
「ええ」
もう一度座り直して、サンドイッチをもしゃもしゃと食べる。このギャルゲーでは「ご飯美味しい〜」なんてシーンもあったせいか、普通に美味い。シャキシャキのレタスもハムもトマトも、前世で食べたものと変わらない。文化レベルも、元の世界に近い。このゲームの制作者に感謝したい。
ん? なぜか、ラビッツが急に黙り込んだぞ。食べることに集中している。せっかくだし、気になっていたことを聞いてみるか。
「ラビッツはさ、どっちを選ぶんだ?」
「え?」
「リュークか俺、どっちがいいんだ?」
「そんなの……リュークは無理でしょう」
リュークが本命ってことか。無理だから諦めるしかないと。そんな悲しい顔、するなよ……。
そうだよな、分かってた。
主人公だもんな。
ツンデレ好きな俺の一推しはラビッツだった。このまま結婚できるかもしれない、あのラビたんとあんなことやこんなことまで――と、何度も妄想した。
でも、辛いよな。
好きでもない相手と結婚するのは……。伏せる長い睫毛の下の瞳は潤んでいるようにも見える。
「婚約……解消したかったらしてやるからな」
俯くラビッツが可哀想で、気づいたらそう口にしていた。
親同士で決めた婚約の場合、互いの合意があれば比較的容易に解消ができる。ギャルゲー的に、ニコラがラビッツへ婚約破棄を突きつけやすい世界にする必要があったからだろう。
リュークとラビッツが苦悩の末に惹かれ合う「ラビッツルート」に入ると、ニコラは「俺様に任せておけ!」と恋のキューピッド役を買って出る。そして、物語は一気に卒業記念パーティーへと飛び、そこで彼女に婚約破棄を告げるのだ。
しばらく反省してこいと親にド叱られて、護衛付きで王宮を一時的に追い出されることになるが……それだけだ。結構楽しいぜと親指を立てているシーンがラストにあった。
ラビッツ側からは立場的に婚約破棄も解消の提案もできない。だから、今ここにいるラビッツもリュークを諦めているんだろう。
「なんなのよ! あんた私のことが好きなんじゃないの!? さっきそんなこと言ってたじゃない」
「へ???」
なんで突然、怒られるんだ? ここは感謝されるところなんじゃないか? どうしても俺が嫌なら身を引いてやるって……、嬉しい提案だよな?
「あー、雰囲気で言っただけってこと? やっぱりルリアン推しなのね! それともベル子? あの子も可愛いもんね!」
「え? いや、俺はラビッツが一番好きだけど。でもほら、やっぱり結婚するのは好きな奴のがいいだろ?」
リュークと結ばれたいんだよな???
リュークが誰と結ばれるのかは分からないが、ルリアンとベル子――ことベルジェ・クリストフの人気が高かった。リュークが自分を選ぶわけがないと思ってしまうのも、無理はないのかもしれない。
「もういいわ。私、リュークを狙うから!」
「え? あ、ああ。そうだよな。さっきも、明らかにリュークに恋してる目をしてたもんな」
「そっ、それはっ……目の前に本物のリュークがいたから……っ、も、もう知らない! もう行くんだから! あんたはそこで一人で食べてなさいよ!」
ラビッツは怒ったままサンドイッチを紙袋に詰め、足早にどこかへ行ってしまった。
なんで怒ったんだ?
どうしてだ?
ラビッツの「ゲームの話ができると思ったのに、私のバカぁ……」という独り言は、聞こえない。
乙女心は俺には難しすぎる……と思いながら、残りのサンドイッチを頬張った。
ラビッツと共に校舎の裏側にまわってみる。人気のないところの方が、生徒会長のボトルはない気がしたからだ。せっかくならゲームから外れてみたい。 ボトルがどこに着地するかは、中身を入れた学生の意識も多少は反映する。誰にも見つけてほしくないと望む者のボトルは植え込みの中にある、といった具合だ。「お。二つあるけどどうする?」 人通りの少ないそこで、植え込みの間からチラチラと虹色の光が見えた。「いいじゃない、それにしましょう」 ラビッツが片方のボトルを拾う。指先が触れた瞬間、ボトルの虹色の光は静かに消えた。淡い光だけをわずかにまとう。俺も片方を拾い上げ、中を確認する。 丁寧にたたまれた白いハンカチ一枚とヒントのメモ用紙。『生徒会長』 その文字を見てガガーンと崩れ落ちた。「やっぱり生徒会長じゃないか……。なんでこんなところにボトルがあるんだよ。生徒会長なんて目立つことやってんのにさー。お、ハンカチにはボトルの刺繍がしてあるな。あー、ヘタでごめんってメモに書いてある。なるほど、自信がなかったからボトルがここに来たのか……」 中に入れる宝物は、さすがに自由にすると金額が高くなる。購買でもこの時期には手作りキットがたくさん販売されていて、いくらまでと金額の上限も決まっている。「私のはポストカードね。素敵な絵が描いてあるわ。ドーナツ岩があるから学園の湖ね」「へぇ、綺麗だな」「で、これ見て」「おっ」 ヒントの単語は『副生徒会長』だ。「仲いいな」「二つ並んでたものね」 ゲームでは、リュークのボトルの相手はルートに入っている女の子になる。それ以外のヒロインが誰のボトルを手に取ったのかは分からなかった。「なんにせよ、リュークとラビッツのルートはなくなったな。よかった……本当によかった」「え。まだ可能性があると思ってたの?」「だって怖いじゃんかよ。リュークはほら、カッコいいしさ」「ん……そうね。カッコいい、わよね。でも、ほら、あんただって、その、あの、カ、カ、カ、ガ、ガンバッテるじゃない? ほら、王子のお仕事とか。えっと、鍛えてもいるみたい、だし?」 なんでそんなにシドロモドロなんだ? 日頃ツンツンしているから、誰かをフォローするのも苦手なのかもしれない。「ありがとな。確かに……前世よりも頑張ってる。そうすることでしか見えない景色もあるんだなって
思念品はリュークとルリアンに任せ、それ以外には特に何事もなく、五月下旬となった。 ルリアンに聞いて全ての思念を把握しているリュークから、ポチの部屋に俺は近づかない方がいいと言われたことが、少し気になってはいる。でも、実際には何も起こっていないわけだし、深く考えないことにした。女性陣は色々と持ち込んでメルヘンな部屋になっているらしい。 絶対に何か起こる気がするとトラが言っていたし、嵐の前の静けさのような気もするが……。 パトロール隊へのささいな要望や事件はぽつぽつあった。魔法理論の講義を応用した生徒同士の悪戯で影がおかしなダンスをするようになり生徒が駆け込んできたり、教科書を枕にしたら首が痛いと泣きついてくる生徒までいた。そっちは魔法関係ないだろうと言いたいが、ルリアンが治癒魔法で回復させていた。 いずれもその日のうちに解決だ。主に、先生に言うのが恥ずかしい話が持ち込まれる。ほとんどルリアン一人で解決してしまうのが、さすがというべきか……。 生徒のおふざけには相変わらずペンデュラムが反応し、全員で出動している。 内容はいかにも学生だなぁと微笑ましい。もしかすると、前世の俺にニコラの記憶がプラスされて、俺の精神年齢はそこそこ上に達しているのかもしれない。「――と思うんだけど、ラビッツ」「やらしい発言が多々見られるし、どうかしらね」「仕方ないだろう。女の子と付き合ったことは一度もないんだぞ!?」「……そう、可哀想ね」 なんで睨むんだ! 「もしかしてラビッツには……恋人がいたとか?」「いないわよ」「やったー!!!」「両手をあげて喜んでいる時点で、精神年齢は幼いわね」「嬉しいんだよ!」 ということは、もしかして俺が初恋人とか初キスとか初デートの相手になるかもしれないのか!?「やったー!!!」「しつこいってば」「ラビッツ! 俺とキスしてください!」 ――スパーン!「しないわよ!」 また扇子が飛んできた。 「なんで……」 最近はいい雰囲気になることもあるじゃないか。ツンデレは好きだけど、好きだけど……!「〜〜〜っ。い、言ったじゃない。ムードを考えなさいって。ムードづくりよ。た、例えば、その、ほら、い、一応私たちも婚約者同士なわけだし? あるでしょ。必要な、ね。えっと。まずは舞台というか、デ、デ……だから、ほら、あの……」
「これは……」 リュークが自ら持ってきた箱を置いて、ゴクリと喉を鳴らす。「ヤバイ予感はしていたが……」「運んでくれてありがとな、お疲れ様」 労いを込めてガシッとリュークの肩に手を添えた。「疲れるのは、これからだろう」「うぅぅ。怖すぎるな……」 パトロール隊への要望ボックスが置いてある机の下に、なぜか箱が置いてあった。要望書を確認して、リュークが旧校舎へ運んでくれた。要望書に書いてあった内容は――、『思念品が家に大量にあります。亡くなった祖父がおかしなものを集めるのが趣味だったのですが、量が多く処分に困っているので、なんとかしてください。こちらは一部です。浄聖師に断られた品もあります』 ここは、意思の力で魔法が発動する世界。思念が残ることもあり、呪われのなんとかみたいなのも前世より多いし眉唾ものでもない。前世ならポルターガイストかと思われる現象も、ここでは「そんなこともあるよね」で終わってしまう。 しかし、これは量が多すぎるし集まりすぎている。この箱からおかしな気配がグワングワンと漂っている。「……私は、何もできないと思う」 ベル子はそうだよな。浄化は特殊魔法だ。むしろ使えない人のが多い。日本でいうところのお清めの塩くらいの浄化はできても、思念を祓うことは難しい。「埋めたくなるわね」「地上が見つからないくらいに、地中深く埋めちゃうにゃん〜」「うちの領地の浄聖師に分配してもよろしくてよ」「い、いやいや、オリヴィア嬢の気持ちはありがたいが、最初から諦めるのもな」 こういったものは教会の浄聖師に任せるのが一般的ではあるものの、それなりの寄付金は必要だ。ゴミとして処理しようにも思念だけで形を保っているので処分できず、持ち主の元へそのうち戻ってしまう。それに……。「浄聖師さんに断られる理由が分かりました」 思念を感じ取ることができるのは、この中でルリアンだけだ。「おおまかにしか分かりませんが、リストにしますね」 皆でルリアンの書く内容を見つめる。「踊るくま人形」 夜中に踊り出すぬいぐるみ。ダンスが好きだった少女の「もっと踊りたかった」という思念が宿り夜中に踊る。両親の離婚により習い事の継続が不可能になったようだ。「夢を映す鏡」 触ると夜に見た夢が映る。「さっき見た夢を思い出したい」という思念が宿る。誰も触らない場合、夜中0時に
「お二人とも、同時でしたねっ!」 今日は交流会の翌日、ベル子ちゃんとラビちゃんが部屋へ遊びに来てくれました。ラビさんのことはラビちゃんと呼んではいるものの……高貴なお方の空気を感じて、心の中ではたまにラビさんと呼んでしまうこともあります。「……お邪魔します」「邪魔するわね」「はい、どうぞ中へお入りください。ちょうど紅茶を入れたところなんです」「いい香りね」「はい、お気に入りのローズティーです。お口に合うかは分かりませんが……」「ありがとう」 日差しがやわらかく差し込む部屋の中で、ティーテーブルには三つのカップと、手作りのクッキーを並べた小さなガラス皿。 うん! ちゃんと女子会してますよね!「このテーブルクロスも可愛いわね。さすがルリルリ」 「えへへ。お店で見つけて一目惚れしちゃって」「ルリルリの部屋……全部、可愛い」「ほんとよね」 今までは学校が終わるとすぐに家に帰らなければならず、家庭教師だったり習い事だったりと大忙しでした。 女子会なるものが流行っていることは知っていましたが、これが初めてです! 皆で「いただきます」とクッキーを食べて美味しいねと笑い合ったりラビちゃんが「私の釘が打てそうなクッキーとは大違いね」と少し落ち込んでいるのを慰めたりと時間が過ぎていきます。「それで本題。昨日はどうなったの」 ベル子ちゃんがいきなり切り込みましたよ!?「それが……全然ダメだったの」 ラビちゃんが顔を覆って落ち込んでいます。たまに、こうなっちゃうんですよね。……ニコラさんの前では強がっていますが。「進展なし?」 ベル子ちゃん、容赦なしです!「可愛げがなさすぎて自分にガッカリする……。で、でもね、ニコラだって悪いのよ!」「うん、分かる。ニコラさん、鈍そうな気がする」 だからベル子ちゃーん!「た、確かに鈍いけど! でもほら、ああ見えてえっと……か、顔とか可愛い系でしょ?」 フォローに入りましたね!「はい、可愛い系だと思います」 王子様の見た目に対して、この返答でよかったんでしょうか。「それに、たまには……か、かっこいいところもあるわよね」「はい、ニコラさんの采配にすごいなと思ったことも何度もあります」「そうよね、頼りがいがあるところだってあるし、たまには私だってドキドキしたり……おかしくないわよね?」「はい、
「……そうなの。この世界の最果ては旧校舎だったのね」「悪い、アレは勢いで言った」「分かってるわよ」 つい、馴染みのある旧校舎に来てしまった。まだ春だというのに汗がポタポタとたれる。さすがに冷静になってきた。「もう降ろして」「痛いんだろ?」 どうして俺はここに来たんだ。「少し休んだらよくなったわ」「また歩いたら痛くなるだろう。寮まで引き返すか」「……ごめん、本当はそんなに痛くないの」「え?」「少し二人で話したくて」 俺と二人きりになりたかった!? いやいや、まだ分からない。前世では俺の母親もヒールは足が痛くなると言っていた。無理している可能性は高い。「もうっ、降ろしてってば」「痛かったらすぐ言えよ」 パタパタと軽く暴れるので、そっと降ろした。「腕、大丈夫なの? すごく汗かいてるけど」「明日には筋肉痛になる自信はある」「……無理しちゃって」「楽しかったからいいんだ」「そう。それなら……、ほら。エスコートくらいしなさいよ」 ラビッツが少しむくれた顔で、手をひらひらさせた。腕を差し出すと、スッとのせてくれた。「今日はサービスがいいな」「ドレスを着る機会なんて、あんまりないもの。あんたも……王子様らしい服だし」「だよな。ラビッツのドレス姿、想像以上に綺麗で可愛いなー」「そう思うなら、記憶に刻んでおきなさいよねっ」「もちろん」 ラビッツはほんのり頬を染めながら、照れ隠しにか睨んでくる。でも、口元は少し緩んでいる。「足が大丈夫なら……屋上とかどうかな」「あ、行ってみたいかも」「やっぱり運ぼうか?」「いらないわ。エスコートだけしなさいよ」 ――ラビッツに、好かれている。 ツンツンしていても好意が伝わってくる。それだけは、勘違いじゃないよな?「今さ、俺……甘い空気を感じてるんだけど」「そう。よかったわね」「ラビッツも感じてるか?」「そんなの、教えてあげるわけないでしょ!」 ちらりとこちらを見てはすぐ視線を逸らす。その仕草にドキドキしっぱなしだ。ツンとした態度の裏にデレがこぼれる──ツンデレは最高だと叫びたくなる。「そういえば、あんたって陰キャなのよね」「ぐはっ!」 突然の大ダメージだ。「たまにそれを感じる時があるわ」「が、頑張って王子、やってるのに……」 いきなりなんでそんな話になるんだ。「
「本日は待ちに待った交流会当日です! 学年の垣根を超えて――」 生徒会長の挨拶で立食会が始まった。こんな時は生徒会が挨拶なりなんなりを行う。 漫画なんかだと、生徒会には華やかなメンバーがいたりするものの、このゲームではパトロール隊が主役だったからな。生徒会は地味な扱いだった。 そして、生徒会と俺たちパトロール隊がゲームの中で絡むのは、後半だ。 ――その時が来るのは、少し怖い。 相談事をされるだけだけどな。どうして名簿にあの女の子がいないのか……と。「では、ファーストダンスをニコラ様とラビッツ様に踊っていただきましょう」 事前に聞いていた通りのタイミングで、促される。生徒たちの視線が集まる。 ラビッツは、いつもと違ってドレス姿だ。真紅のドレスは鮮やかで目を奪われる。ウエストから流れるラインはなめらかで、歩くたびにシルクシフォンのアクセントが淡く光を纏いながらふわりと舞う。胸元には翡翠のブローチが輝き、レッドブラウンの髪はハーフアップに結われて波打つ。 ……正直、見惚れてしまう。「変な顔してどうしたの」「綺麗だなって」「……さっきも聞いたから、このタイミングで言わないで」 そう睨まれてもな。会場に入ってから、つい何度も言ってしまう。それしか考えられなくなるんだよな。 俺たちが手を重ねるのを合図に、曲が始まった。合わせて、会場の中心へと踏み出す。腰に手を添え、生徒たちの視線を受けながら優雅にステップを踏む。「……ニコラ」 小さく名を呼ばれて、目が合う。「ん?」「私……ちゃんと、踊れてるわよね」「ああ、踊りやすい。息がぴったりだよな。練習のお陰かもしれないけど、お似合いのカップルだ」「まったく、あんたは……。でも、私もそう思う」「お似合いのカップルって?」「踊りやすいって!」 互いに緊張がほどけて、足の運びがよりスムーズになる。一曲目が終わり、生徒会長がまた挨拶をした。「お二人のダンス、まさに夢のようでしたね! 続けてダンスは会場中央付近でのみ、皆さんもご自由にご参加ください。本日の立食交流会を、どうぞお楽しみください」 生徒会長の挨拶が拍手で包まれると、立食会の空気は一層華やかさを増した。貴族の生徒たちはペアを組んで優雅に踊り始める者もいれば、バイキングの料理へと足を運ぶ者もいる。会場の中央を囲うように職員によってロープ







