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2.ラビッツと

作者: 春風悠里
last update 公開日: 2026-06-25 17:51:54

 入学式は知っていたとおり、ルリアンが新入生代表として挨拶をしていた。

 王子だからと俺にならなくてよかった。首席でもないのに、あんな注目を浴びたくない。俺の名前は学園長がチラッと軽く触れただけだ。入学されましたと紹介されたので、その場でやぁやぁと手を上げて笑顔を振りまいておいた。

 そのあたりもゲーム通りだ。

 たとえ注目を浴びていても、ゲームのストーリー通りなら多少は安心できる。知っていることをなぞるだけなら簡単だ。

 今は、俺一人で食堂へ向かっているところだ。リュークは学園を散策して、混雑していない時間を狙って行くと話していた。今頃、他のヒロインたちとの出会いイベントが発生しているのだろう。俺に彼女たちが紹介されるのは、そのあとだ。

 今後のイベントを目の前で見るためにも、邪魔をしてはいけない。 

「ちょっと、あなた!」

「うわぁ!」

 ラビッツにいきなり話しかけられた。

 こんなシーンあったかなと思い出そうとするも、よく考えるとゲームは主人公視点だ。主人公がウロウロしている間、俺がどこで何をしているかなんて、知ったこっちゃない。そうか……こうやって、ラビッツと会話をしていたのかもしれないな。

「どうした、俺の婚約者のラビッツ!」

 親指を立てて明るく応える。

 内心はこれでいいのかとヒヤヒヤだ。陽キャってこんな感じだよな? ニコラってこういうキャラだったよな?

「……ねぇ、あなた転生者でしょ」

「え」

 笑顔のまま、固まってしまう。

 えっと……俺の前世とは違う冴え渡った王子仕様の頭で考えよう。転生者だろうと指摘されたということは、ラビッツも転生者だということだ。

 え、マジで。

 つまり俺は……このまま俺様キャラのおバカ王子を演じると「頑張って演じてるんだー、痛い痛い」と思われるし、前世の素を出せば「陰キャ乙」と思われるわけで……え、詰んでね?

「な、なんでそう思うんだよ」

「ゲームよりあなた、痛いし」

 心折れたよ!?

 バキバキだよ!?

 よく考えると、ゲームのニコラはあんな告白はしていなかった。さっきの一瞬のやり取りでバレたんだろう。

 よし、反撃だ。

「お前こそ、さっきはゲームの台詞をわざわざ持ってくるなんてご苦労なことだな。ツンデレまで演じて、痛々しいにもほどがあるね」

「う……っく」

 俺はその台詞にノックアウトされたんだけどな。あれは神がかっていた。まさにラビたんだ。

「し、しょうがないじゃない! あそこは、あの台詞しかないでしょう!」

 おお、同志よ!

 女の子でギャルゲーやってるなんて珍しいな。まぁ、ただのギャルゲーじゃなくて、感動して泣けるのが特徴の泣きゲーだからな。

 仲間意識が湧いてきたぞ。

「それに……あ、あんただっておバカキャラやってるじゃない! 実際おバカのようだけど!」

「うるさいな。お前も実際ツンデレだろ! 前世でもツンツンして周りに引かれてたんじゃないのか」

「……!」

 あ、ヤバイ。泣きそうにさせてしまった。ラビッツの心を俺に振り向かせなければと思っていたのに、煽りに乗ってしまった。間違いなく親密度は下降している。なんてことだ。せっかく仲間意識が芽生えたのに!

 フォローだ!

 どうにかフォローしないと!

「で、でも俺はツンデレ大好きだぜ! 大丈夫だ、安心しろ。俺は前世では陰キャだったんだ。前世のことはお互い気にしないことにしよう!」

 あ、思いっきり陰キャだとバラしちゃったぞ。どうなんだ、これは悪手なのか!?

「はぁ……もういいわ。とりあえず転生者なのね」

 呆れられてしまった。お調子者な俺様キャラはもうやりにくいな。

「はい……」

「ちょ、なんでいきなりテンション下がってるのよ」

「どうせ陰キャなんで。調子にのってすみませんでした……。コミュニケーション能力が低いんです、本当にすみません。反省してます」

「はぁ!? 私が王子をいじめてる婚約者に見られるじゃない。チャキチャキ演じなさいよ、おバカ王子でしょ」

「……めちゃくちゃだな」

 どんな自分でいればいいのかも、分からなくなってきた。

「とりあえず、ご飯でも食べましょう。あなたの分も買ってきてあげたわ」

 サンドイッチの入った紙袋を突きつけられる。やさしいな。

「天使か。ありがとう……」 

「本当に調子狂うわね」

 実は、完全におバカ王子を演じているわけでもない。素でも多少はおバカなところ――不用意な一言が多いお調子者になる。今までニコラとして生きてきた記憶やこの脳の思考の癖……それなりの影響は受けている。前世ほどネガティブにならないのは、別の身体だからだろう。 

 病みやすいタイプと病みにくいタイプには、脳の構造上の違いも影響しているのかもしれない。ニコラ自身の感情を伴った記憶も、ただ情報をインプットするだけのゲームや漫画より強く、今の俺を形成している。

 ……ラビッツもそうなのかもしれない。何かが彼女をツンデレにさせているのか。

 王立の学園だけあって敷地が広い。

 寮もあるし庭園も王宮を彷彿とさせる。だからこそ学費もすこぶる高く、門戸は開かれているものの、王族や貴族と富裕層ばかりだ。

 人気のない場所まで歩くと、ラビッツが「この辺りにしましょうか」と言うので、隣に腰を下ろした。

 ん? もしかして俺、女の子と二人きりでベンチに座ってランチを食べるの図になってるんじゃねーか?

 うぉっふ、緊張する!

 ドキドキしてきたぞ。

 落ち着こう、俺。こいつは昔から知っているラビッツだ。そう、一緒にたくさん遊んだ。俺が前世を思い出す前の話だが、幼児期なんて水遊びのあとにラビッツが自然に濡れた服を脱いでいたこともある。

 おおお!

 突然脳裏に、ゲームにはなかった過去の刺激的な思い出が!

「そうか、俺はラビッツの裸を見たことが――、」

「死ね」

「ぐぁ!」

 手刀が顔にめりこんだ!

「いてぇよ!」

「あんた、やっぱりバカなのね」

「いや、思い出してみろよ。四歳くらいにさ――、」

「黙れ」

「ぐぁ!」

 いてぇ!

「いきなりそんな話を持ち出すなんて変態でしょ。あんた前世で変態だったわけ? 一応私、ここでは令嬢なのよ。酷い失言をさせないでちょうだい」

 確かに、今のは前世のノリなんだろうな。 

「いやいや、健全な男子高校生だ。おかしい……この体、不用意な言葉がスルスルと口から出る。さすがの俺もさっきのはおかしいと思ったぞ」

 ラビッツが転生者だと知って、変に動揺しているのかもしれない。あの神ゲーの中にいるという意識が、俺をおかしくさせている気もする。いや、同志を見つけた嬉しさからか?

 落ち着かなくては。

 刺激的な幼い頃の思い出は、夜まで封印しておこう。素晴らしい記憶力の持ち主になれたのには、ありがたみを感じる。

 深呼吸で冷静になろう。

 スーハースーハー。

「はぁ……それで王子が務まるの?」

「大丈夫だ。王子様モードを発動すればイケる」

 ゲームでも、たまにニコラがモードを切り替えるシーンがあった。今までもそれで王宮では乗り切っていた。

「ちょっとやってみなさいよ」

「えー。疲れるんだよなー、あれ」

「早く」

「はぁ……分かったよ」

 王子……王子……俺は王子。

 次期国王陛下だ。

「ラビッツ……入学早々、迷惑をかけてすまない。君と会えて少し浮かれていた。頭を冷やすとするよ。サンドイッチ、ありがとう。この埋め合わせは、いずれ必ず。では、また」

 爽やかにキラリと笑って立ち上がったところで、腕をガシッと掴まれた。

「なんで立ち去ろうとするのよ!」

「疲れるんだよ!」

「もういいわよ。普段のあんたに戻りなさいよ」

「わ、分かった……じゃ、サンドイッチをいただくな」

「ええ」

 もう一度座り直して、サンドイッチをもしゃもしゃと食べる。このギャルゲーでは「ご飯美味しい〜」なんてシーンもあったせいか、普通に美味い。シャキシャキのレタスもハムもトマトも、前世で食べたものと変わらない。文化レベルも、元の世界に近い。このゲームの制作者に感謝したい。

 ん? なぜか、ラビッツが急に黙り込んだぞ。食べることに集中している。せっかくだし、気になっていたことを聞いてみるか。

「ラビッツはさ、どっちを選ぶんだ?」

「え?」

「リュークか俺、どっちがいいんだ?」

「そんなの……リュークは無理でしょう」

 リュークが本命ってことか。無理だから諦めるしかないと。そんな悲しい顔、するなよ……。

 そうだよな、分かってた。

 主人公だもんな。

 ツンデレ好きな俺の一推しはラビッツだった。このまま結婚できるかもしれない、あのラビたんとあんなことやこんなことまで――と、何度も妄想した。

 でも、辛いよな。

 好きでもない相手と結婚するのは……。伏せる長い睫毛の下の瞳は潤んでいるようにも見える。

「婚約……解消したかったらしてやるからな」

 俯くラビッツが可哀想で、気づいたらそう口にしていた。

 親同士で決めた婚約の場合、互いの合意があれば比較的容易に解消ができる。ギャルゲー的に、ニコラがラビッツへ婚約破棄を突きつけやすい世界にする必要があったからだろう。

 リュークとラビッツが苦悩の末に惹かれ合う「ラビッツルート」に入ると、ニコラは「俺様に任せておけ!」と恋のキューピッド役を買って出る。そして、物語は一気に卒業記念パーティーへと飛び、そこで彼女に婚約破棄を告げるのだ。

 しばらく反省してこいと親にド叱られて、護衛付きで王宮を一時的に追い出されることになるが……それだけだ。結構楽しいぜと親指を立てているシーンがラストにあった。

 ラビッツ側からは立場的に婚約破棄も解消の提案もできない。だから、今ここにいるラビッツもリュークを諦めているんだろう。

「なんなのよ! あんた私のことが好きなんじゃないの!? さっきそんなこと言ってたじゃない」

「へ???」

 なんで突然、怒られるんだ? ここは感謝されるところなんじゃないか? どうしても俺が嫌なら身を引いてやるって……、嬉しい提案だよな?

「あー、雰囲気で言っただけってこと? やっぱりルリアン推しなのね! それともベル子? あの子も可愛いもんね!」 

「え? いや、俺はラビッツが一番好きだけど。でもほら、やっぱり結婚するのは好きな奴のがいいだろ?」

 リュークと結ばれたいんだよな???

 リュークが誰と結ばれるのかは分からないが、ルリアンとベル子――ことベルジェ・クリストフの人気が高かった。リュークが自分を選ぶわけがないと思ってしまうのも、無理はないのかもしれない。

「もういいわ。私、リュークを狙うから!」

「え? あ、ああ。そうだよな。さっきも、明らかにリュークに恋してる目をしてたもんな」

「そっ、それはっ……目の前に本物のリュークがいたから……っ、も、もう知らない! もう行くんだから! あんたはそこで一人で食べてなさいよ!」

 ラビッツは怒ったままサンドイッチを紙袋に詰め、足早にどこかへ行ってしまった。

 なんで怒ったんだ?

 どうしてだ?

 ラビッツの「ゲームの話ができると思ったのに、私のバカぁ……」という独り言は、聞こえない。

 乙女心は俺には難しすぎる……と思いながら、残りのサンドイッチを頬張った。 

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